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名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)209号 判決 1964年1月17日

控訴人 被告 平井とみ

訴訟代理人 伊藤嘉信

被控訴人 原告 渡辺治幸

訴訟代理人 志責三示

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人の控訴人に対する、昭和三二年九月二一日成立した売買契約に基く代金債務の残代金として昭和三二年一一月一五日分割弁済契約の成立した三〇万円の債務は二九七、四二七円を超えて存しないことを確認する。

被控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、認否は後記のほか原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決六枚目裏二行目に「被告」とあるのを「原告」と、同七枚目裏初行「乙第二」とあるのを「甲第二」と訂正)であるから、これを引用する。

被控訴人代理人は次のように述べた。

「被控訴人主張の売買契約の成立した日は昭和三二年九月二一日である。また、被控訴人は本件代金債務の消滅原因として民法第五六三条第一項による代金減額請求を主張したが、仮に右主張が認められないときは、次の主張をする。

すなわち、被控訴人が従来主張しているとおり、右売買契約において被控訴人は控訴人から買受建物敷地の賃借権を、その譲渡についての賃貸人(地主伊藤葭太郎、稔)の承諾は控訴人が取りつける前提で、買受けたものであるところ、その承諾は得てなかつたのである。

これは民法第五七〇条所定の売買目的物にかくれた瑕疵のある場合に当るものというベきところ、被控訴人はこれにより右土地賃借権の価格である一〇〇万円相当の損害を受けた。よつて、被控訴人は昭和三八年七月一日の本件口頭弁論で右損害賠償債権中三〇万円を以て、残代金債務三〇万円と相殺する旨の意思表示をした。よつて、被控訴人の控訴人に対する右残代金債務は消滅した。」

控訴人代理人は「被控訴人主張の売買契約が成立した日時が昭和三二年九月二一日であることは認める」と述べた。

証拠として、被控訴人代理人は当審で甲第五、六、七、八号証を提出し、当審証人寺本良雄、渡辺きよゑ、伊藤忍の各証言を援用し、

控訴人代理人は当審証人堀田富美子の証言、控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第五、六、七、八号証の成立を認めると述べた。

理由

被控訴人は、控訴人と被控訴人との間に昭和三二年九月二一日成立したその主張売買契約代金一七五万円中、一四五万円は支払いずみであり、また一〇〇万円はその主張する事由により民法第五六三条第一項に基く減額請求権を行使したから消滅したと主張する。しかし、その主張のように、建物とその敷地賃借権その他を一括売買した時、そのうち賃借権譲渡につきその賃貸人の承諾がなかつた場合は民法第五六三条所定の担保責任に当らない。同条は減額されるべき代金が、移転することのできなかつた権利の売買目的とされた権利に対する割合に応じて算出されうるような場合、すなわち、一箇ないし同種の権利の売買について適用される規定であり、本件のように諸種の権利、諸種の目的物に対する権利を一括売買した場合には適用がないと解すべきである。

次に、被控訴人は民法第五七〇条により損害賠償請求権があると主張する。しかし、本件の場合が同条に当るとしても、同条の準用する民法第五六六条によれば同条により損害賠償を請求することができるのは、善意の買主に限られるものであるところ、被控訴人主張の事実関係において、善意といわれるためには、その売買契約成立当時買主たる被控訴人において賃貸人の承諾がすでになされていると信じていた場合でなければならないところ、被控訴人はかかる主張をしていない(むしろ、賃貸人の承諾は売主である控訴人において取付ける約であつたと主張しているのは、契約当時右承諾のなかつたことを知つていたことを当然の前提とする主張でさえある)。そうすれば、被控訴人の右条規による損害賠償請求権ありとの主張も失当である。

被控訴人の主張を控訴人が賃貸人の承諾を取付ける債務の履行不能による損害賠償を主張するものとしても、本件の場合被控訴人主張のような賃借権の価格そのものを以て右承諾に代る填補賠償額とすることはできない。すなわち、賃貸人の承諾が得られなかつたため被控訴人が右土地を全く使用しえなかつたのならば、賃借権価格が即ちその損害ともいいうるであろうが、被控訴人は控訴人から同地上建物の所有権とその移転登記および引渡しを受けてその敷地である右土地を使用するに至つたことは当事者間に争のないところであり、しかも被控訴人は昭和三四年五月六日に至つて右土地所有者から賃借使用を認められたというのであるから、前記土地賃借権価格そのものを以て控訴人の前記承諾を取付ける債務の不履行による損害とはなしがたいわけである。被控訴人が賃貸人に対しいわゆる承諾料を支払つて承諾を得たとか、その他承諾を得たものの経済上の出費をし、損害を受けたとかいうならば、その支出額は控訴人の債務不履行による損害ともいえようが、本件ではその認むべきものがない。

すなわち、被控訴人の第一次的主張、すなわち減額請求ないし一〇〇万円の損害賠償権による相殺の主張は失当であり、採用しがたい。

次に、被控訴人主張の不法行為による損害賠償債権ないし不当利得返還請求権に基く相殺の主張について判断する。

(一)  不法行為による損害賠償債権一三万円の主張について。被控訴人は控訴人がすすめたので増築工事をしたと主張し、被控訴人がその主張する増築工事をしたことは当事者間に争がないが、控訴人にすすめられたから右工事をするに至つたとの点は、にわかに措信しがたい原審被控訴人本人尋問の結果のほかにはこれを証すべき証拠がないので、被控訴人の右主張は援用しがたい。

(二)  不当利得返還請求の主張について。

(1)  被控訴人は控訴人から買受けた庭木、庭石、扇風機、食器類を控訴人が持ち去つたことを以て、合計一〇六、〇〇〇円の不当利得返還請求権ありと主張するが、その主張するように、被控訴人の所有物を控訴人が持ち去つたというだけでは、被控訴人は右物件の所有権を失うものではなく、従つてその主張するような損失、利得が生じるものではないから、被控訴人の右不当利得の主張は失当である。

(2)  被控訴人は勝手道具その他の代金名下に二五、〇〇〇円を被控訴人が控訴人に支払つたことを以て不当利得と主張するが、その主張するところは支払うべき債務のないことを知りながら支払つたというか、不得心ながら売買契約を結んでその代金として支払つたというものかのいずれかに帰するものであり、そうすれば、いずれにせよ不当利得として控訴人からその返還を求めえない筋合であつて、右主張もまた理由がない。

(3)  被控訴人は、控訴人が支払うべき水道代金、電気料金、町会費を被控訴人が立替支払つたと主張するが、これを認めるにたりる証拠はない(原審被控訴人本人尋問結果中、一一月分の水道料金を支払つたがそれは控訴人の支払うべきものであるとの供述はあるが、甚だ抽象的で採用しがたい)。

原審証人水谷育子の証言、被控訴人本人尋問の結果と成立に争のない乙第六号証とによれば、被控訴人はその買受けた建物に設置してある電話の昭和三二年一一月分定額および附加使用料、一〇月分市外電話料、電報料計二、五七三円を昭和三二年一二月四日支払つたこと、右建物は、控訴人が昭和三三年一二月一日これを被控訴人に引渡すまで控訴人において美容院および住居として使用していたことが認められ、右電話料は控訴人が支払つたとする原審控訴人尋問の結果は前記水谷証言と対比し措信しがたく、その受領証(乙第六号証)が控訴人の手中にある事実も右認定を動かすにたりない。そうすれば、前記電話料は本来控訴人の支払うべきものというべきであるから、控訴人は被控訴人に対しその支払つた前記二、五七三円を返還する義務あるものである。

そして、被控訴人が控訴人から被控訴人主張の建物等を代金一七五万円の約で買受ける契約が昭和三二年九月二一日成立し、同年一一月一五日までに被控訴人が右代金中一四五万円を支払つたこと、同日控訴人被控訴人間に残代金三〇万円を分割弁済する契約が成立したことは当事者間に争がなく、被控訴人が昭和三三年一二月一一日控訴人に到達した本件訴状を以て前示不当利得金返還債権を以て右三〇万円の債務と対当額につき相殺する旨の意思表示をしたことは本件記録上明かであるから、被控訴人の控訴人に対する債務は前記二、五七三円の範囲内で消滅し、残りは二九七、四二七円となつたわけであるが、これを超え消滅したとの被控訴人主張の採用しえないことは前に説示したとおりである。

また、被控訴人主張の建物につき、右三〇万円の償務を担保するため抵当権が設定され、昭和三三年一一月五日受付で、債権額を三五万円とする控訴人のための抵当権設定登記がされていることは当事者間に争がないが、その被担保債務が前記の範囲で未だ存する以上、その抹消を求める被控訴人の請求も失当である(当初の被担保債権額の登記簿記載が事実と相違することもその抵当権設定登記の抹消登記をなすべき事由とはならない)。

以上のとおりであつて、被控訴人の控訴人に対する債務不存在確認の請求は前示範囲で一部正当であるが、その余の請求はすべて失当であるから、これを認容した原判決を右の限度で変更することとし、民事訴訟法第三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 県宏、裁判官 越川純吉、裁判官 西川正世)

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